今更、4Rをここで説明するつもりもないのですが、
「循環型社会を目指す」というかけ声のもと、
最近どうにも、
「リサイクルすれば、どんどんと消費を続けても許されるような」風潮が出来ているようでなりません。
宇和島でも、燃やさないゴミで出されていたアルミ缶・スチール缶が資源ごみとして集められ、
ペットボトルがペットボトル専用の袋で収集されるようになりました。
また、牛乳の紙パックや食品トレイは、各スーパーを中心に回収が進んでいます。
でも、これってよく考えると、現在の大量生産・大量消費のままで、
環境への配慮をしていこうという“ごまかし”と思えてしかたがありません。
再びドイツの例(それも少し古いデータで・・・)を出して恐縮ですが、
1995年の包装材のリサイクル率が、
ガラス82%、紙類90%、プラスチック60%、スチール64%、アルミ70%と言います。
いかがでしょう、
皆さんが家庭から出されるゴミ(とりあえずゴミと呼びます)をイメージしてください。
また、1991年の法改正(包装材制令)で企業に義務づけられた包装資材は、
菓子や歯磨き粉の包装箱まで含まれ、それらが皆回収や再利用に回されているのです。
私たちは、ここで宇和島市が集める資源ごみの一覧を見直してみれば良いでしょう。
リサイクルを進めるのは当然で、それはそれで必要なことです。
しかし、
それ以上にRefuse(使わない・やめる)、Reduce(減らす)、Reuse(再利用する)
を進めることが同時に必要なのです。
今の日本では、リサイクルは現在の生産や消費を良しとする免罪符であって、
「けしからん!」とまで言うと無理があるのかもしれませんが、
とにかく、Recycle(再資源化)を進めながら、
先の3つのRを実現することを考えなければならないのです。
たとえば、卵はどうして6個や10個で買わなければならないのでしょう。
どうして、トマトは3個だとか4個だとかでしか買えないのでしょうか?
トレーやラップ・袋、再利用できないボトルや缶に入ったものが市場にあふれています。
一方、(またまた)ドイツでは、ペットボトルは50~100回ほどの再利用がなされ、
最後に再資源化に回されています。
当然、企業へ回収・再利用が義務づけられたことも、これら市場を変える原因でありましたが、
消費者の動機付けとうまくかみ合って、現在発生するコストをお互いが負担して、
将来にわたる環境リスク軽減のコストをそれぞれが応分に負担することに成功していると言えると思います。
それは、一つに廃棄物処理施設が「迷惑施設」である以上に、
「環境汚染の源」であるということが判ってきたからです。
そして、直接的な汚染物質の発生源である上に、
様々な環境問題に廃棄物処理が関わっていることが判ってきたからです。
温暖化、酸性雨、オゾン層の破壊、森林の減少等々。
十分に環境に留意されているはずの処分場周辺でも、
淡水生物のメス化や不妊・奇形など、
わずかな量の廃棄物がホルモンの分泌を攪乱してしまった結果が様々に現れ、
報道されています。
現在の、モノを廃棄物として処理したり再資源化する資源循環のレベルでは、
環境破壊は止まらないようです。
日本の常識が環境先進国の非常識になってきているのです。
たとえば、リターナブル容器を復活する。
(最近少しだけ復活の宅配牛乳の瓶の回収率はほぼ100%で
Reuseの回数は約50回といわれています。
/紙キャップの消費量から計算すると概ね7~80回は使われているのが実際
のところみたいです。ビール瓶でも平均15回と言います。)
野菜や果物は買い物かごで必要な量を買う。
卵も買い物かごに「そぉーっ」いれる。
お豆腐は、近所のお店にボールや鍋を抱えて買いに行く。
これって、数十年前には当たり前だったのです。
ヨーロッパでは、野菜・果物は裸で積まれ、
ワインは瓶(デンマークでは法律でワンウェイ飲料容器の販売・消費を禁じています)
を持って買いに行きます。
缶ビールのシェアは
(ドイツでは、ビール・清涼飲料水・果汁・ワインで、
リターナブル瓶のシェアを72%を下限として設定し、
これを下回った場合には、デポジットを強制できる法律がある)
低く押さえられています(日本では、50%を超えています)。
パンは、バスケットに入れて持ち帰ります。
リサイクルではなく、その前の3つのRを実現しているのです。
一方、日本のリサイクルの奥には、大量生産・大量消費の企業の論理があります。
確かに、日本でも容器包装リサイクル法という法律が出来ました。
それは、「消費者・市町村・事業者が責任を分担して容器包装廃棄物のリサイクルを促進しよう、
そして、一般廃棄物の排出量や最終処分量を減らして循環型社会を実現しよう」
という趣旨からなる法であります。
消費者は、容器や包装資材をその他のごみから分別して出し、
各自治体は、それらの分別収集を行う。
そして企業は、自らまたは指定法人やリサイクル事業者に委託して再商品化する義務を負うとされています。
しかし、リサイクル法が施行されて私たちの生活が特に変わったでしょうか?
例えば、2㍑のペットボトルの処理に60円かかるという試算があるにもかかわらず、
商品の価格が変わったでしょうか?
ほとんど変わっていない生活にお気づきのことと思います。
つまり、あまり効果のない規制、消費生活に変化を与えない法律であるということを表しているのです。
飲料等のメーカーは、ペットボトルや缶の回収に全責任を負うべきです。
包装資材は、すべて販売店に回収を求めるべきです。
それらの処理を一部であっても税金で賄う限り、ごみ問題は解決しないでしょう。
すべてを企業の責任において処理をさせるべきです。
そうすれば、包装資材処理のコストは価格に跳ね返ってきます。
いくつかの企業は、包装形態を変えることでしょう。すると、消費も変わるでしょう。
税金をたくさん払った人が必然的にごみ処理代もたくさん支払うという制度のままでは解決しないでしょう。
ゴミ処理代はゴミを出す人が払う。
そして、そのゴミ(ゴミ付きの商品)を販売して収入を得た企業に責任(製造者・販売者)を負わせるべきです。
ここにある試算があります、
東京大学“生産技術研究所”は、
「いろいろな飲み物の容器すべてをビール瓶や一升瓶のように何回も利用できる
「リターナブル瓶」に変えたとき 二酸化炭素の年間排出量:約78万トン削減
廃棄物として埋め立てられる量:9割減少
処理費用:1500億円節減
2000年6/20付 朝日新聞 夕刊より